TEAM Sugi代表の本間卓です。アメリカでの留学生活が終わりに近づいた頃、私は授業と並行して、帰国後の仕事の準備を始めていました。最初から事業の形がすべて決まっていたわけではありません。
2014年から2015年にかけて、留学で得た経験をどう仕事につなげていくかを考えていました。今回は、アイデアを企画書にまとめた頃のことや、帰国前の出会いを振り返ってみたいと思います。
2014年、まずは自分のアイデアを企画書にした
2014年10月、学校の先輩と起業の話をし、温めていたアイデアを簡単な企画書にまとめました。その時に考えていたのは、学校や地域の枠を越えて野球をする機会をつくる、野球アカデミーのような構想でした。
日本でもアメリカでも、私は指導者や周囲の人たちに恵まれて野球を続けてきました。

その経験を、今度はほかの人にも伝えたい。自分が育った鶴岡にも、何か恩返しができたらいいなと考えていました。
とはいえ、すぐにアカデミーを形にできるわけではありません。まだ先の長い夢でしたが、自分のやりたいことを企画書にまとめてみると、留学の先に目指したいものが少しずつ見えてきました。
2015年春は、学生生活と仕事の準備が同時進行だった
2015年3月には、5月に帰国し、6月から会社を始めたいと考えて、ホームページなどの準備を進めていました。野球に関するホームページを先に整え、別の事業の準備にも取り組んでいました。
アメリカにいる間から、帰国後に向けて少しずつ準備を進めていました。ただ、大学の課題や発表もまだ残っていて、仕事のことだけを考えていられる時期ではありませんでした。学生として最後までやり切ることと、次の一歩の準備が重なっていた頃です。
学生同士の英語と、仕事の場での話し方の違いに気づいた
帰国前の2015年5月には、大学との打ち合わせにも出かけました。そこで、返事をするときに普段の会話と同じ調子で「yeah」などを使っていたことを、一緒にいた後輩から指摘されました。
翌日は「Yes」と返すことを意識して練習していました。英語で生活してきたつもりでも、学生同士で話すときと、仕事で初めて会う方と話すときでは違うのだと感じました。相手や場面に合わせた受け答えを、改めて考えるきっかけになりました。
「yeah」という言葉そのものが悪いというより、普段の話し方がそのまま出ていたことに、自分では気づいていなかったのだと思います。周りからのひと言に助けられた経験でした。
帰国前に会った、アメリカのお父さんのようなコーチ
同じ5月、シアトルに立ち寄り、母校エドモンズの練習を訪ねました。夜には、在学中にお世話になったコーチの自宅へ招いていただき、食事をごちそうになりました。
そのコーチにはエドモンズの1年目から支えてもらい、私にとっては「アメリカのお父さん」のような存在でした。日本へ帰るのは寂しかったですし、いつか何か恩返しができたらと思っていました。
留学で得たものを振り返ると、授業や競技の経験だけでなく、こうして帰国前にも会いたくなる人との関係が残っていました。経験を次の世代へ伝えたいという思いを考えるときにも、そうした人たちの存在は欠かせません。
留学の経歴と、いま相談できること
私の留学には、ESLからの学び直し、コミュニティカレッジから4年制大学への編入、野球での挫折と再挑戦がありました。その全体の経緯は、代表Sugiのアメリカ留学体験にまとめています。
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執筆:本間卓(TEAM Sugi代表)