まだ大学生なのだから、卒業するまでは野球部でもプレーできる。私の経験では、そう単純にはいきませんでした。2014年、University of Wisconsin–Superiorにいた私は、翌年度も競技を続けられるかを確認していました。
夏には期間の延長を申請しましたが、認められず、大学の部活動をそれ以上続けることはできなくなりました。大学で学ぶ期間と、大学のチームで競技を続けられる期間を、分けて考えることになった年でした。
以前の学校での在籍期間を、一つずつ確認した
2014年2月、選手登録の手続きを進める中で、以前アリゾナにいたときの学期をどう数えるのか、確認が必要になりました。その年のシーズンではなく、翌年もプレーできるかに関わる話でした。
大学の運動部の担当者と書類について話し、留学生を担当する部署や教務側にも確認してもらいましたが、その場では答えが出ませんでした。
私は一度帰国した後にアメリカへ戻り、学校も変わっていました。そのため、今いる大学で何年目かということだけでなく、以前の学校を含めた在籍歴を確認する必要があったんです。
続ける覚悟も、辞める覚悟も決まらなかった夏
シーズンを終えてからは、もう1年続けるのか、ずいぶん迷いました。厳しいトレーニングも、勉強と部活動を両立する生活も大変でした。日本の同級生は、すでに仕事を始めていました。
もう辞めようと思うこともありましたが、実際に辞めると考えると、このままでは後悔するのではないかとも思いました。続ける覚悟も、辞める覚悟も、なかなか決まらなかったんです。
日本でいろいろな方に相談に乗ってもらい、7月に部活動の期間延長の書類を大学の担当者へ送りました。申請が通れば、もう1年やってみよう。ようやくそう決めたところでした。

申請は認められず、秋学期が始まった
9月、秋学期が始まった頃には、申請が通らず、大学の部活動は続けられないことになっていました。
ただ、そのときの気持ちは、自分でも少し意外でした。まだ学生生活が続いていたからか、野球が一区切りになった実感があまりなく、思っていたより普通に過ごしている自分もいました。
振り返れば、アメリカでの野球は順風満帆ではありませんでした。それでも、音楽が流れ、英語で名前を呼ばれ、天然芝で思いきり野球をする時間が好きでした。家族や、日本とアメリカで支えてくれた方々、チームの人たちへの感謝も感じていました。
野球が一区切りになっても、大学での学びは続いた
その後の私は、まず勉強を頑張って大学を卒業しようと考えていました。競技を続けられなくなったことと、学生として学ぶことは、別の話でした。
そして、いつかアメリカで身に付けた野球の経験や知識を、子どもたちに伝えられたらいいなと思っていました。この時点では、その先の仕事がすべて決まっていたわけではありません。
卒業へ向けた履修や帰国の準備については、5月の帰国と夏の卒業を分けて考えた体験談でお話ししています。
競技を続けられる期間は、自分の経歴で確認する
これからスポーツ留学や編入を考える方には、入学できるか、どの単位が認められるかと一緒に、自分がいつまで競技に参加できるかも確認してほしいです。以前通っていた学校や在籍期間、競技歴をまとめて、大学の競技資格担当者に相談できるようにしておくとよいと思います。
ここでお話ししたのは、私の在籍歴をもとに2014年に行われた個別の確認と申請です。当時の私に出た結果が、ほかの方にもそのまま当てはまるわけではありません。自分の希望する卒業時期と競技の予定を、両方確認しておくことの大切さを感じた経験でした。
学業と競技の関係は、Student-Athleteとして大学で学ぶということも参考にしてください。
執筆:本間卓(TEAM Sugi代表)