2013年4月、私はエドモンズの野球部を離れました。最後までやり切れなかったことには悔いがありましたが、野球を続けたいという気持ちは残っていました。
次に目を向けたのが、夏の学生リーグでした。大学のチームとは別の場所で、もう一度試合に向けて準備する。その夏は、私にとって野球を続ける新しい区切りになりました。
部活を離れた後も、練習を手伝ってもらえた
退部後は、6月からのリーグに向けて練習をしていました。知り合いの方や後輩に助けてもらい、週3回は野球の練習ができていました。毎日の素振りやジムでのトレーニングも続けていました。
以前、夏のリーグに参加する前には、練習したくても場所や相手が見つからず困ったことがありました。だからこそ、練習できる環境を周りの人に支えてもらえるのは、本当にありがたかったです。
大学のチームを離れたら、練習の予定も相手も自動的に用意されるわけではありません。次に試合をする場所を考えることと、その日までどう準備するかを考えることが、私には必要でした。
Puget Sound Collegiate Leagueで、打撃に苦労した
その夏に参加したのは、Puget Sound Collegiate Leagueというリーグでした。学校の枠を越えて選手が集まる、夏の野球の場です。
私は久しぶりに野手としてもプレーしましたが、打撃は思うようにいきませんでした。最初の15試合ほどは打撃フォームを何度も変えて試行錯誤し、レギュラーシーズンの打率は.224。自分としては、かなり悔しい数字でした。
新しい環境に移れば、すぐにうまくいくわけではない。夏のリーグでも、試合をしながら自分のプレーを探っていました。

最後のトーナメントでは、先発投手として登板
リーグの最後には、優勝を決めるトーナメントがありました。そこでは打撃も少し持ち直し、決勝戦を迎えるまでの5試合で20打数6安打。シーズン中とは違う手応えがありました。
そして、投手を総動員してきたチームで、最後は私も先発することになりました。その試合では9回を投げて1失点、自責点は0。完封まであと一人というところで同点になり、試合は延長に入りました。
私は投球数の上限に達して交代し、チームはその後サヨナラ負け。優勝には届きませんでしたが、私自身はオールトーナメントチームに選ばれました。
選ばれたのは、内野手ではなく先発投手の部門でした。自分でも少し意外でしたが、春に一つのチームを離れた後、夏にこうして最後まで試合ができたことは、いい思い出になっています。
野球をしながら、夏の授業も取っていた
この夏は、野球だけに集中できる夏休みではありませんでした。私は夏学期に3科目を履修していて、授業とリーグへの参加が重なっていました。周りの人にも助けてもらい、3科目とも単位を取ることができました。
その後は4年制大学へ編入し、新しい学校での生活が始まりました。夏から秋までの日程については、編入した年に夏休みがほとんどなかった話でも紹介しています。
次の場所で続けるために、準備する
私の場合、一つのチームを離れても、野球を続ける場所がありました。そして、その場所へ向かうまでの練習を、周りの人に助けてもらいました。リーグに参加できたことと同じくらい、その準備の時間にも意味があったと感じています。
ここでお話ししたのは、2013年の私の参加経験です。これから夏の野球を考える方は、参加先の募集条件に加え、所属大学での競技資格の扱い、授業、滞在先、移動も合わせて確認しておいてください。
夏の過ごし方を考えるための案内は、アメリカ大学野球のサマーリーグについてをご覧ください。
執筆:本間卓(TEAM Sugi代表)